30代後半までは、物にあふれた生活をしていました。引っ越しの際に量が増えていて段ボール数十箱になり、準備だけで気力を使い果たしてしまうような状況でした。
もともと物欲はそれなりにある方で、興味を持った分野については、あまり躊躇せずに購入していました。その結果、部屋には多くのものがありましたが、実際によく使っていたものはごく一部でした。
ほとんどのものは、ただそこに存在しているだけで、使用頻度は高くありませんでした。
よく言われることですが、物は使っていなくても、そこに置いてあるだけでコストがかかります。物理的なスペースだけでなく、管理や把握に使う注意力も奪われます。当時はそのことを頭では理解していても、実感としてはあまり捉えられていませんでした。
一方で、若いころに多くのものを買い、実際に使ってきた経験が無駄だったとは思っていません。手に入れて使ってみて、合わないと感じたものは手放しました。こうした一連の経験を通じて、自分にとって何が心地よく、何が不要なのかを、少しずつ理解してきた感覚があります。
今のミニマリズム的な生活は、ある日突然たどり着いたものではありません。過去に多くのものを買い、試行錯誤してきた経験があってこそ、今の選択ができていると感じています。少なくとも、私のような後天的なミニマリストの場合、「たくさん買った経験」は必要不可欠だったように思います。
もし今、物にあふれた生活の中で「自分にミニマリズムは無理なのでは」と感じている方がいても、不思議ではありません。私自身、かつてはそう思っていました。私自身も、今も道半ばです。少しずつ物を手放しながら、自分にとって無理のない形を探している段階に過ぎません。
40代に入り、人生の時間を意識する機会が増えました。体感としては、まだ折り返し地点というほど悲観的ではありませんが、「これからの人生をどう使いたいか」を考えることは、確実に増えています。
このままで本当に良いのかと悩むこともありました。何かを大きく替えたいわけではないけれど、これまでと同じ延長戦だけでよいのかという違和感のようなものです。そうした中で、30代後半ごろからミニマリズムに関心を持つようになりました。それは、何かを捨てたいという衝動というよりも、人生の後半に向けて、少し軽やかな状態でいたい、という感覚に近かった気がします。
今のところ、ミニマリズムは人生の後半をどう過ごすかを考えるための準備段階として、私には合っているように感じています。