私は喫茶店で過ごす時間が好きです。落ち着いた雰囲気の中で、読書をしたり、時には文章を書いたりしながら、ゆっくり過ごす。自分にとっては、それがちょっとした贅沢になっています。
最近はデカフェ生活を続けているので、コーヒーは一杯までにしています。それ以降はホットミルクなどノンカフェインのドリンクを飲むようになりました。喫茶店でホットミルクというのは少し味気ない気もしますが、今の自分にはちょうどいい落とし所になっています。
改めて「なぜ好きなのか」と考えてみると、理由はいくつかありました。
読書や執筆が邪魔されない
喫茶店は、自然に「読む」、「書く」に集中できる場所です。
家でも集中はできます。ただ、家は快適すぎて、注意が散るきっかけが多い気がしています。スマホで音楽を流しながらPCでネットを見したり、少し疲れたら寝転んで動画を見たり。やろうと思えば何でもできてしまう分だけ、集中が浅くなることもあります。
一方、喫茶店では椅子と机があるだけで、基本的には「読む」か「書く」しかありません。選択肢が少ないので、迷いなく打ち込めます。
家とは違う逃げ場がある
喫茶店は、生活から一度離れる避難場所になります。
家とは別の場所で、ゆっくり過ごせる環境は意外と少ないです。図書館でも良いのですが、私の場合はキーボード操作をしたいので、使える席が限られることがネックになっています。
喫茶店ではキーボード入力はもちろん問題なく、読んでも・書いても・しゃべってもいい位の自由はあります。それでいて、だらけすぎないような適度な緊張感はあるので、ちょうどいい逃げ場だと思っています。
静かすぎないのがちょうどいい
完全な静寂ではなく、少しだけ「生活音」があるのがいいです。
家だと静かすぎて、逆に眠たくなることがあります。その点、喫茶店は人の出入りがあって、会話が少し聞こえます。
この「完全には静かではない」感じが、集中するのにちょうど良いです。家の中で集中する際にかけることのあるホワイトノイズとも似た働きなのだと思っています。
人の目がある
誰かに見られているだけで、生活が崩れにくくなります。
家で作業をしていると、気付けば昼寝をしていて、いつの間にか夕方になっていた。そういう日が過去にはたくさんありました。
喫茶店だと、そうはなりにくいです。人の目を意識するだけで、振る舞いが少し整う感覚です。余計な脱線をしづらくなります。
強制されているわけではないのに、生活が自然に整う。この感覚が自分には合っています。
一人なのに寂しくない
同じように一人で過ごしている人がいるだけで安心します。
喫茶店には、一人で本を読んでいる人や、黙々と作業している人がいます。この存在は、誰とも話していないのに、孤独ではない感じにしてくれます。
家の一人時間と違って、世界との距離が少しだけ近い。それがちょうど良く落ち着きます。
行きつけの店ができると生活が整う
お気に入りの場所があると、日々に小さなリズムが生まれます。
私は気に入った店に通うスタイルです。そこが決まるまでは、最寄り駅の喫茶店をいくつか試しました。
不思議なことに、行きつけができると、いつもの席が定着していきます。店員さんも曜日と時間帯が固定されていることが多いので、大体いつも同じ人に当たります。最低限の挨拶しかしませんが、それでも少し安心感があります。
店に馴染むというより、生活の中に一つの拠点ができる感じがしています。この拠点があると、気持ちの切り替えが早くなります。
おわりに
喫茶店で過ごすことは、私にとっては贅沢なのですが、決して派手なものではありません。日々のコンディションを少し底上げしてくれるような、静かな贅沢と言えます。
家でも過ごせる。でも、家とは違う場所で過ごすことで、注意や気分が整えられます。私はこの感覚が好きで、これからも通い続けると思います。
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