2026年3月中旬に、ネパールのマルディヒマールをトレッキングしてきました。
ネパールでトレッキングをするのは、20代後半以来でした。当時はゴレパニ・プーンヒル方面を歩いたと記憶しています。初心者向けのルートではありましたが、それでもヒマラヤの山々を間近に見ながら歩いた経験は強く印象に残っています。
その時から、アンナプルナ・ベースキャンプ、いわゆるABCという言葉がどこか心に残っていました。「ベースキャンプ」という響きには、少し登山家のような雰囲気があると思います。実際にはトレッキングルートとして多くの人が歩いている場所ではありますが、20代後半の自分にとっては、どこか遠い世界の言葉のように感じられました。
いつかまたネパールに行くなら、ABCを歩いてみたい。そんな気持ちが、長いあいだ心の奥に残っていました。
40代になって、もう一度ネパールを歩きたくなった
40代前半になって、以前よりも体力のことを考えるようになりました。仕事はデスクワークなので体を使うことはなく、また、ランニングの習慣もいつの間にか止まってしまっていました。
ネパールのトレッキングは、ルートを選べば一般の旅行者でも十分に歩けるとは思いますが、体力に徐々に自信がなくなってきたなかで、本格的なトレッキングは心配がありました。
今の自分に歩けるのだろうかといった不安はありましたが、こういう旅は「もう少し準備してから」と言っていると、いつまでも行けない気もしました。やるなら、少しでも若い方がいいと考えて、半ば勢いでネパール行きを決めました。
もともとはABCに行きたかった
最初に考えていたのは、やはりABCでした。20代後半の頃から心に残っていた場所であり、今回ネパールへ行くなら、まず候補に上がるルートでした。
ただ、実際に日程を検討してみると、少し厳しさがありました。移動の予備日を含めると一般的にABCはある程度の日数が必要です。もちろん、体力がある人であれば短縮することもできるのかもしれませんが、久しぶりのトレッキングで、なおかつ40代の自分がいきなり詰め込むには少し不安もありました。また、季節は3月中旬で、標高の高い場所には雪が残っている可能性もあり、その点も心配でした。
そこで、最終的に選んだのがマルディヒマールでした。マルディヒマールは、アンナプルナ山群を望む比較的新しい人気ルートの一つです。ABCほど有名ではないかもしれませんが、マチャプチャレをかなり近くに感じられるルートで、景色の良さにも惹かれました。また、日程面でもABCより組みやすそうでした。
「今回はABCではなく、マルディヒマールにする」こう決めた時点では、少し妥協のような感覚もありましたが、実際に歩いてみると、これはこれで非常に良い選択だったと思います。
2泊3日でビューポイントまで行くことにした
マルディヒマールのルートは、通常であれば3泊から4泊ほどかけて歩くことが多いようですが、今回は結果的に2泊3日で歩くことができました。事前に現地のトレッキングツアーの会社へ予約したので、そこで手配されたガイドと二人でトレッキングルートを移動しました。ガイドの方はとても親切で、トレッキングに関する知識も豊富だったので、安心して臨めました。
一日目はデウラリからフォレストキャンプ(2425m)まで、二日目はハイキャンプ(3557m)まで、三日目は早朝からビューポイント(4200m)へ上ってからシディン(1700m)まで下山という日程でした。いずれも山小屋泊なので、食事も宿泊も建物の中で済ませることができました。部屋の中は寒いし停電が頻繁に起こるので都市的な生活から見ると不便ではありますが、それを含めてトレッキング旅行の醍醐味として楽しめるものだとは思います。
個人差はあると思いますが、徐々に標高を上げていくルートなので、標高だけを見れば富士山より高い場所まで行くものの、体感としては富士山登山と同じくらいの負荷だったと思います。
ちなみに、このルートにもベースキャンプはありますが、事前に調べたり、現地で話を聞いたりする限りでは、景色としてはビューポイントの方が重要で、ベースキャンプまで行く価値はそれほど高くないと考えて、ベースキャンプは見送り、ビューポイントまで行くことにしました。この判断は、結果的には良かったと思っています。
最終日が一番大変だった
一番大変だったのは、最終日でした。朝4時ごろに起きて、暗いうちからビューポイントへ向けて登り始めました。まだ空が暗い中、ヘッドライトをつけて歩く時間は、普段の生活ではなかなか味わえないものでした。
標高が上がるにつれて空気は冷たくなり、少しずつ空が明るくなってゆき、朝日に照らされた山が見えてきました。ビューポイントから見える景色は本当に素晴らしく、この瞬間のために歩いてきたのだと思いました。
特に印象的だったのは、マチャプチャレです。下から見上げる姿も美しいのですが、ビューポイントから見る姿はまた別物でした。山がぐっと近くに迫ってくるようで、特徴的なピークの形もはっきりと見えます。その山頂の形から英語では “Fishtail” とも呼ばれますが、ビューポイントから見ると、その名前にも納得できるような鋭く印象的な姿をしていました。神聖な山とされていることを事前に知っていたせいもあるのか、その姿にはどこか近寄りがたいような神々しさがありました。
また、ビューポイントには小さなテントの茶屋があり、冷えた体で飲んだ甘く香りのよいマサラティは格別でした。
ビューポイントを楽しんだ後は、ひたすら下りになりました。当初はハイキャンプにてもう一泊する予定の旅程ではありましたが、体力に余裕もあり、早めに下山してポカラの街も楽しみたかったため、ガイドの方に相談して下山することにしました。最終的には、車が迎えに来るシディンまで下りました。到着したのは夕方4時ごろだったと思います。
朝4時に歩き始めて、夕方4時に着く。ほぼ一日中ずっと歩いていたことになります。特に下りが長く、途中から膝が少し痛くなってきました。登りの苦しさとは違い、下りは下りで体に負担がかかります。景色が良く、気分は高揚していたのですが、足は確実に疲れていました。それでも、シディンに着いた時には大きな安堵感がありました。
そこから車で移動し、ホテルに戻り、シャワーを浴びて、美味しいものを食べる。この流れが本当に良かったです。山を歩いた後のシャワーと食事は、普段の生活では感じにくいほどありがたく感じます。便利な生活の中にいると忘れてしまう、単純な快適さの価値を思い出します。
今回は自分の荷物をすべて担いで歩きたかった
今回のトレッキングで、個人的に大きかったのは、自分の荷物をすべて担いで歩けたことです。
これまでにも、ネパール、ブータン、インド、キリマンジャロなどでトレッキングをした経験があります。ただ、過去のトレッキングでは、ポーターに荷物を担いでもらうことが多くありました。もちろん、それはそれで合理的です。現地の雇用にもつながりますし、自分の体力を温存して景色を楽しむこともできます。
今回はこれまでとは違い、自分の荷物を自分で担いで歩きたいという気持ちがありました。大げさに言えば、自分の身ひとつで山に入って、必要なものを背負い、自分の足で進みたいという気持ちがありました。もちろん、実際には山小屋に泊まるトレッキングです。完全な自給自足ではありません。食事も宿も現地に頼っています。それでも、自分に必要な荷物を選び、それをすべて背負って歩くことには、独特の手触りがあります。
何を持つのか。何を持たないのか。どれくらいの重さなら自分で運べるのか。これは、ミニマリズムにも少し似ています。荷物を減らせば楽になります。しかし、減らしすぎると不安になります。必要十分な量を見極める必要があります。今回、荷物一式は写真に撮ってあります。別の記事で詳しくまとめても良いと思っていますが、個人的には、この荷物を自分で背負ってビューポイントまで行き、シディンまで下り切れたことに強い達成感がありました。
ABCに行けたのではないか、という感覚も残った
一方で、歩き終えた後に感じたこともあります。それは、もしかするとABCにも行けたのではないか、ということです。出発前は、日程や体力の不安からABCを見送りました。久しぶりのネパールトレッキングで、無理をしすぎるのは避けたいという判断でした。
ただ、実際にマルディヒマールを2泊3日で歩き、ビューポイントまで行って、長い下りもこなしてみると、自分が思っていたよりもまだ歩けるのではないかと感じました。
もちろん、これは結果論です。
山では何が起きるかわかりません。体調、高度、天候、足の状態。事前に慎重に判断することは必要です。それでも、今回の旅を終えて、自分の中に少し自信が戻ってきました。自分が思っていたよりも、まだ体は動くのだと前向きに感じられたことが、今回の旅で得た大きな収穫だったと思います。
40代の旅は、昔の自分との再会でもある
今回のネパール旅行は、単に山を歩いたというだけではありませんでした。20代後半の頃に心に残った場所へ、40代になってからもう一度向き合う旅でもありました。若い頃に憧れたものが、ずっと心の奥に残っていることがあります。当時は実現できなかったこと、いつかやりたいと思っていたこと、でも日々の生活の中で少しずつ遠ざかっていったこと。
そういうものを、40代になってから一つずつ回収していく。これは、若い頃の気持ちに戻ることではなく、今の自分の体力、時間、価値観に合わせて、もう一度形を与える作業に近いのかもしれません。
今回、ABCには行きませんでした。代わりに、マルディヒマールを歩きました。けれども、それが妥協だったとは思っていません。むしろ、今の自分にとってちょうど良い旅だったと思います。無理をしすぎず、しかし楽をしすぎるわけでもない。自分の荷物を背負い、朝4時に起きて山を登り、長い下りで膝を痛めながら、それでも最後まで歩き切る。そのくらいの負荷が、今の自分には必要だったのだと思います。
おわりに
40代になってからのトレッキングには、20代の頃とは違う意味があります。
若い頃のような勢いだけでは歩けません。体力への不安もあります。仕事や生活の都合もあります。無理をすると回復にも時間がかかります。それでも、だからこそ、実際に歩き切った時の手応えは大きいです。
まだ自分の足で昔憧れた場所に近づくことができる。今回のマルディヒマールトレッキングは、そのことを確認する旅でした。
次にネパールへ行くなら、改めてABCを歩いてみたい気持ちもあります。あるいは、エベレスト街道にも惹かれます。ただ、まずは今回の旅を一つの記録として残しておきたいと思います。
40代でネパールへ行き、マルディヒマールを歩いた。それは、自分にとって単なる旅行ではなく、昔の憧れと今の自分をつなぎ直すような時間でした。