記事が少しずつ増えてきたので、今の時点で一度、私にとって本ブログがどのような位置づけなのかを書いておきたいと思います。
匿名で書く理由
私はこのブログを、完全匿名で運営しています。友人・知人に向けた宣伝も一切していません。性格的に、考えをそのまま私を知る人に向けて出すのは少し照れくさい。だから匿名が合っている、というのが正直な理由です。
匿名で書くと不思議と肩の力を抜くことができます。誰かに向けて格好をつけるわけでもなく、誰かの反応に合わせて言葉を選ぶわけでもない。自分の中にあるものを、なるべくそのままの温度で置いていける感覚があります。私にとって匿名は、隠れるためというより、言葉を守るための形式なのかもしれません。
ブログは言ってみれば、自前のメディアです。SNSをやらない私にとって、自己表現の場はほとんどここしかありません。読者数は今のところほぼゼロです。それでも、自分の興味のあることや、その時々の考え方を外に出して残せるのは魅力的です。
そして、もしここの文章がいつか誰かの目に留まるなら、その人の時間を無駄にしないように書きたいと思っています。大きなことはもちろんできませんが、少なくとも誠実に、言葉を雑に扱わずに。
読者がゼロでも書く理由
誰にも読まれないかもしれない文章を書いている理由は「自分のため」です。書くことで考えが整理され、散らばっていたものが一本の線になる。書き終えた後、生活の輪郭が少しだけはっきりする。私はこの感覚が好きです。
執筆している時間も好きです。正直言うと、学生時代、作文は大嫌いでした。ところが社会人になってから読書習慣が身につき、本を無心で読み続ける中で、少しずつ「自分の考えを文字に起こして表現すること」への憧れが生まれてきました。
文章で自分の考えをまとめ、それを世界に向けて発信する。それがどこかの誰かの目に留まり、その人の人生の糧になる。そんなことが起きたら、これ以上嬉しいことはありません。
私自身、色々な本や言葉に助けられてきました。迷ったとき、立ち止まった時、言葉に救われた瞬間が何度もあります。今度は、私が書いたものが、誰かの足元をほんの少しだけ照らすことがあるかもしれない。そんな風に想像するだけで、書く理由が増える気がします。
続けるということ
文章を書く時の没頭感は、何物にも代えがたい。人によってはそれがゲームだったり、スポーツ観戦だったり、運動だったり、映画や音楽鑑賞だったりするのでしょう。私にとっては、それが文章でした。仕事ではなかなかクリエイティブなことができていない分、このブログを趣味として、ゆくゆくはライフワークとして育てていきたいと思っています。
最近、急に記事が増えてきたのも、この感情の昂ぶりが理由です。いても立ってもいられない。そんな感じです。もちろんペースには波があると思います。それでも、書くこと自体は続けていきます。匿名のまま、静かに。
書くことで、生活の輪郭がはっきりする。だからこのまま続けていきます。面と向かって言うのは少し照れくさいので、ここに置いておきます。